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4児のママ! 仕事と育児を両立して、成長し続ける秘訣とは?

4児のママ! 仕事と育児を両立して、成長し続ける秘訣とは?

4人の子どもを育てながら、おもてなしデザインプラットフォーム Sprocket(スプロケット)のコンサルタントして活躍する大野陽子氏に、仕事と育児を両立させて、成長し続けるための秘訣を聞いた。

上は大学生、下は小学生まで4人の子どもを育てながら、おもてなしデザインプラットフォームSprocket(スプロケット)のコンサルタントとして活躍する大野陽子氏。過去には夫の転勤による退職・引っ越しがありながらも、細々とでも仕事を続けて、自ら学びながらスキルを身に付けてきた。

時には先が見えなくて迷ったこともあるというが、どのようにキャリアを重ねてきたのだろうか。取材にあたって自らのキャリア変遷の図解を用意してくれた大野氏。参照しながらお話をうかがった。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。

森田雄 & 林真理子「Web系キャリア探訪」とは?

営業事務として入社したのに、販売管理システムを独自開発!

林:まずはWebに触れたきっかけから教えてください。

大野: 高校生の時に学校でPCに触れたことがありました。高校3年のとき家にPCが導入されて、ダイヤルアップでインターネットに接続するようになりました。このときは、おもしろいな程度で、Webに関わる仕事をするとは思っていませんでした。本格的に触れるようになったのは、社会人になってPCを購入してからです。この連載にも登場していた林雄司さん*の「webやぎの目」が大好きでよく読んでいました。その後、PCを自作したり、サーバー構築したりするようになり、自分でも日記を公開していました。

*…デイリーポータルZは万年赤字!? 編集長・林さんがサラリーマンを続ける理由

林:社会人1社目がエンジニアだったんですか?

大野: いいえ。大学が家政学部食物学科だったので、食品原料メーカーに営業事務として入社しました。ただ、会社の外でネットワークやプログラムの勉強をしていて、会社でも小さな販売管理システムをAccess(アクセス)とVBA(ブイビーエー)を使って構築したことがありました。

林:勉強はどういう形でやっていたのですか?

大野:書籍で学んだり、ネットワークエンジニアのスクールに通ったりですね。

林:販売管理システムはどういう経緯で作ることになったのですか?

大野: 基幹システムに接続するには専用の端末があって、その端末からしか使えなかったのです。基幹システムから出力したデータを加工するのは手作業で、しかも部署に1台しかパソコンがなくとても非効率でした。ちょっとしたシステムを組むだけで効率が良くなると思ってやってみたのです。やってみたら「意外とおもしろい!」「データを触るのも楽しい!」とプログラミングに目覚めた瞬間でした。

株式会社Sprocket シニアコンサルタント 大野陽子氏

株式会社Sprocket シニアコンサルタント 大野陽子氏

仕事を続けないとあきらめてしまう! 偏差値55を目指してスキルを増やす

森田:そういった経緯から、次にSIer(システムインテグレーター)に転職したのですね。

大野: はい、結婚を機に転職しました。当時はオンプレミスの業務システムからオープン系への過渡期で、会社ではCOBOL(コボル)での開発も行っていましたが、私はVB(ヴィジュアル ベーシック)、MS-SQL(マイクロソフト エスキューエル)やApache(アパッチ)などオープン系・Web系のアーキテクチャを扱うことが多かったです。2002年に第一子を授かり、夫の転勤についていくことになり、SIerは退職しました。

子どもが生まれて働ける時間が限られましたし、いずれ東京に戻るので正社員には就けないという制約の中で、派遣か、フリーになるかしか選択肢がありませんでした。出産後は2社目のSIerの伝手で仕事をしたり、1社目の食品メーカーから仕事をもらったりしながら、フリーのエンジニアとして働き、後に派遣会社に登録して働いていました。

大野さんの経歴

大野さんの経歴(大野さんご提供資料より)

林:一人目のお子さんだと、育児だけでも相当大変だったんじゃないかと思いますが、それでもあえて、「仕事をしない期間」を作らないようにしたのですか?

大野: はい、主婦の仕事は、家事に、育児に、とそれだけでとても大変です。でも、細々とでも仕事を続けていないと、仕事をしていたことが信じられなくなってしまって、仕事自体をあきらめてしまうと思い、なんとか続けていました。また、家庭と仕事の両方があるから、うまく心のバランスが取れるんです。どちらか1つだけだと心が折れてしまう、そんな風にも感じていました。

フリー、派遣時代はデータベース系はOracle(オラクル)、MySQL(マイエスキューエル)、PostgreSQL(ポストグレスキューエル)、言語はC++(シープラスプラス)、Perl(パール)、PHP(ピーエイチピー)を身に付けました。短時間勤務、残業できない、急に休むなどの悪条件なので、きた仕事は選り好みせずにできるように、何でも勉強しました。特定の分野の上級者を目指すよりも、どんな仕事もまんべんなくできる「偏差値55」を目指して幅広くスキルを身に付けることを意識していました。正社員時代よりも時間があったこともありますが、なにより危機感があり、いろいろなことを勉強しました。

林真理子氏(聞き手)

林真理子氏(聞き手)

今まで身に付けたスキルがすべてハマる! 迷いが吹っ切れた瞬間

森田:転勤してから一気にスキルが増えていますよね。派遣は、派遣先に行って働いていたのですか?

大野: そうです。仙台時代の後半はDB(データベース)、ミドルウェアエンジニアとして仕事をしていましたので、言語系のスキルをたくさん獲得できました。仕事は楽しくて充実していたのですが、土日や夜間に緊急呼び出しがあったりして、家庭との両立がうまくできませんでした。保育園のお迎えの時間に間に合わなくて、子どもを一人待たせてしまうのが心苦しくて、小さい子どもを育てながらこの仕事を続けるのは難しいと悩んでいました。

その後、2007年に東京に戻ることになりますが、このときも妊娠7か月でした。東京に戻った時、無職だったので保育園に入れず、仕事をしない時期が少しだけありましたが、認可外保育施設の空きが出たので、急いで仕事を探して就職しました。

林:ここでの転職活動は、短期決戦で就職先を決める必要があったわけですね。すぐに仕事は見つかりましたか?

大野: ママ友の紹介で、男性用・女性用のかつら、ウィッグなどを扱う会社にすぐ就職できました。医療用、おしゃれ用などでそれぞれブランドがあり、ブランドごとにECサイトを立ち上げるという段階でした。私が入る前はデザイナーがコーディングのみ行い、それ以外は外注していて、社内に担当者がほしいというニーズがあったのです。

Webの仕事を任せてもらえたことで、サイトの構築、HTML、CSSだけでなく、データ分析、サーバーやネットワーク周りの知識も役に立ち、これまで少しずつ身に付けてきたスキルが活かせて、まさに「ピースがハマった」という感覚でした。それまではスキルを切り売りしている感じがあり、迷いや不安が強かったのですが、このおかげで自信につながりました。またSEO、広告といったデジタルマーケティングにも関わるようになり、そのときの経験が現職につながっていると思います。

森田雄氏(聞き手)

森田雄氏(聞き手)

4人の子育てというビハインドがあるからこそ、仕事は攻めていきたい

森田:そこまでの経験が下積みだったかのように、この会社で一気に実った感じですね。そして、次のチャレンジにつながるんですね。

大野: はい。もっと仕事のレベルも給与も上げられると思って、次はデジタルマーケティングの運用代行やアプリ開発などを行う会社に転職します。最初は派遣社員として働いていましたが、第4子ができて一旦退職しました。出産後に直接契約で働き始め、育休のブランクもありましたが、トータルで7年ほど勤め、デジタルマーケティングの代行運用をするチームのマネージャーを務めました。ウェブサイト構築やアプリ開発のディレクションなど、何でもやりました。

森田: 受託会社はいろいろな会社のさまざまな案件に携わることができるので、成長にブーストがかかりますよね。

大野: そうですね、ものすごい量の情報が得られますし、たくさん成長できたと思います。逆境にも強くなりました。

森田:キャリアパスとしては、受託会社の後は事業会社に行く人が多い印象なんですが、次はどういったところに転職されたんですか?

大野: 現在は、マーケティングツールを提供するSprocketにいます。Sprocketは自社プロダクトの会社ですが、私はカスタマーサクセス部のコンサルタントとして、導入したクライアント企業と一緒に運用をしています。Web上の接客シナリオの企画・提案、実装、分析・評価まで、トータルにサポートします。

森田: なるほど、クライアントワークと自社プロダクト開発の両方に関われる仕事といえそうです。

大野: そうですね。転職した理由の一つに、同じ職場で働き続けると職位があがり、キャリアの将来予測ができてしまいます。同じ会社でキャリアを積むよりも、もっとチャレンジングな仕事がしたいと思い、この会社に転職することにしました。

林:自分のキャリアの将来見通しが立つ職場を良しとする人もいれば、外に出て新たなチャレンジをしたいと思う人もいると思いますが、大野さんが後者のスタンスを取るのは、どんな思いあってのことでしょうか?

大野: 私の場合は、育休や保育園に入れなかった時期のブランクがありますし、常に働ける時間に制限があるので、他の人よりも圧倒的にビハインドの立場だという自覚があります。だからこそ、仕事はアグレッシブに攻めていきたいと思っているんです。

人を伸ばす立場から、周囲と切磋琢磨できる環境へ

林:現職のSprocketは、どういう経緯で入社することに?

大野: 転職に際して、自分のスキルを活かしてステップアップできる会社を探しました。採用の面接でSprocket社長の深田と話して、優秀な人たちが働いているということを聞き、この環境なら自分が成長できると感じました。実際、「なぜこんな優秀な人たちがいるのかな」と思うくらいの人たちに囲まれて、お互いに切磋琢磨できています。

林:一緒に働く人たちが転職の決め手になったんですね。マネージャーとして人を育成する立場だった前職と、現在の皆で切磋琢磨する立ち位置だと、だいぶ環境や役割の違いがありそうですね。

大野: 前職では、経験値の浅いメンバーのポテンシャルを最大化することがミッションでした。メンバーの能力を伸ばすことがチームの力を伸ばすことにつながります。現在は、プロフェッショナルなメンバーが集まっているので、私が知らないことを教えてもらうこともありますし、逆に私から知識を共有することもあります。

会社は40人くらいの会社ですが、ティール組織の形態をとっていて、上司、部下という関係のない、フラットな組織です。各自にロールはありますが、マネージャーに当たる人はいません。

森田:ちなみにそうしたフラットな組織の場合ですと、人事評価は社長が一任しているんでしょうか?

大野: 一人に対して数名の評価者がいて、フィードバック面談はしますが、給与の査定などは社長の仕事です。フィードバック面談で、厳しく評価することはありますが、それが直接給与に跳ね返るわけではありません。前職では給与査定は胃が痛くなる仕事だったので、それがないのはいいですね。

今のような組織体制、評価の仕組みは今の規模とメンバーだから成立していると思っています。組織がスケールすれば、組織体制も評価の仕組みも変化していくかもしれませんが、その変化も楽しみですね。

Sprocketで一緒に働くメンバー

Sprocketで一緒に働くメンバー(大野さん提供写真)

仕事と家庭の両輪があったから、続けられた

森田:今、上り調子で仕事もプライベートも最も充実している時期なんですね。

大野: はい。家族にも会社にもチャンスを与えてもらっていて感謝しかありませんね。子どもがいなければ、なだらかなキャリアだったかもしれませんが、山あり谷ありでやってきました。振り返ってみると感慨深いですね。

(再掲)大野さんの経歴

(再掲)大野さんの経歴

林:自分はバイタリティあるなぁと思いますか?

大野: 正直あると思います。両親も共働きだったので、当然自分も結婚・出産後も働くと思っていましたし、働き始めてから自分は仕事が好きだな、と感じました。仕事からも家庭からもパワーをもらえるので、やってこれたと思います。体力はあるので、体が丈夫でなかったら、ここまでできなかったと思います。

森田:精神的に参ってしまったことはないのですか?

大野: 仕事だけだったら折れていたかもしれません。仕事と家庭の両輪で、どっちかがだめでも、どっちかに救われていました。

林:4人のお子さんを育てながら仕事も楽しんでいる姿は、今子育てしながら働いている方にとって励みになると思いますが、なにかアドバイスはありますか?

大野: 子育ては何が起こるかわかりませんが、仕事がフルタイムでできなくなっても、細々と続けていれば大丈夫だと思います。私も先が見えなくて悩んだことがありましたが、いつか状況が変わった時役に立つと思ってやってきました。あきらめないことが大事だと思います。私のように、子どもがたくさんいても、いったん会社を辞めても、働き続けている人もいる、ということを伝えたいですね。

森田:社会との接点を持ち続けることが大事でしょうか?

大野: 接点が切れると復帰のハードルが上がると思います。でも今は、在宅でも仕事ができるので、仕事を続けやすい環境になったと思います。仮に10年前の環境と今の環境が同じだったら、私もチャンスがなくてくすぶっていたかもしれません。特にWeb業界は柔軟な働き方がしやすいと思います。

コロナ禍でリモートワークも広まりましたし、いろいろな事情のある人が自分のペースで働ける環境が整ってきたことはいいことですね。

林:この先のキャリアプランはありますか?

大野: 今までできていなくて、これからやりたいことは利害関係を超えた人間関係を作ることです。今までは、保育園のお迎えがあって5時には帰らないといけなかったので、夜飲みにいくことができませんでした。一番下の子が7歳になったので、これからは視野を広げるために、いろいろな人と会って話したり、キャリアプランを広げたりということをやっていきたいです。

オンライン取材風景

本取材はオンラインで実施

二人の帰り道

林: 昔から子だくさんの家庭を築きたいと思っていたわけではなく、4児の母になったのはたまたまだという大野さん。そんなふうに自然に身をまかせる柔らかさと、環境変化に自分を適応させていく力強さと、このバランスの妙には見惚れるばかりでした。これまで少しずつ身に付けてきたスキルが、ある時ぎゅっと連帯して別の顔を見せるキャリア形成の醍醐味ってありますよね。たくさん打ってきた一つひとつの点(経験)があちこちでつながっていって、線となり面となり立体的に立ち上がってくるのを、自分でもある種の驚きをもって受け止めるような面白さってあって、大野さんのキャリアはまさにその体現だなぁと思いました。逆に、早いうちからあんまり1職種の役割やスキル要件にこだわって、無駄なくその専門性を究めようとすると、経験の点がひと所に小さくまとまってしまって、年月を経て振り返ってみると表層的でつぶしがきかない仕事能力に留まってしまう罠ってあるよなぁと思いました。一見すると自分の関心のよそにあるようなことも遠のけず、あまり頭でっかちにならずにいろいろやってたくさん点を打っておくというのは、自身のキャリアの変幻自在性を高める上でも合理的なアプローチって言えるかもなって思いました。大野さんはこの先ますます仕事にあてられる時間も増えていって、お仕事もさらに充実していきそうですね。ご活躍を心から応援したいです。

森田: キャリアって、プランとしてはもちろん事前に描くことができるんですが、状況や環境によっては描いたプランに沿うようなキャリアを踏んでいくことが難しい場合も多々あります。大野さんのように来るもの拒まず的に、浅くであっても手広く自分のものにしていくというのは、キャリアプランを描いて歩むというのとは真逆にあるキャリアだと思います。だが、だがそれがいい。そうなんです、人生におけるあらゆる経験はすべてが経験であって無駄ではないんですよね。お話にもあったように、ピースがハマる瞬間っていうのがあるんですよね。あっ、今までの経験がまるっと繋がったら確固たる大きさの自分像が一気に作られた、みたいな感じの。そこから大野さんはさらなるチャレンジに向かうわけですけど、お子さんが4人もいらっしゃるので育児に割く時間が大き目な状態が、まだまだ続くんですよね。けれども、一番下の子が小学校高学年くらいになって手がかからなくなりましたという頃の大野さんのキャリアがどんな感じのことになっているのか楽しみですというか、ますますのご発展を祈念しますというところで、今回の帰り道のあいさつと代えさせて頂きます。

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