KDDIのアウトロー!? あえて“契約社員”として働く部長の仕事観

キャリア
森田雄&林真理子「Web系キャリア探訪」

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KDDIのアウトロー!? あえて“契約社員”として働く部長の仕事観

KDDIのアウトロー!? あえて“契約社員”として働く部長の仕事観

「会社との付き合い方は、彼氏・彼女に近いと感じています。ライフステージが変わると、パートナーも変わることがあるように、そのときの自分の強みに合う会社を選ぶのがよいのではないでしょうか」

こう話すのは、「バーチャル渋谷」の仕掛け人であるKDDI 革新担当部長 三浦伊知郎氏だ。メタバースビジネスの発展に貢献する三浦氏は、有期のジョブ型雇用としてKDDIに入社。正社員ではなく、あえて契約社員の道を選んでいるという。それはなぜなのだろうか? 三浦氏にこれまでのキャリアと仕事観について伺った。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。

ライバル企業がいない仕事では、やりがいを見つけられず

KDDI株式会社 事業創造本部 革新担当部長 三浦伊知郎氏
KDDI株式会社 事業創造本部 革新担当部長 三浦伊知郎氏

林: Webに触れるようになったのは、いつ頃ですか?

三浦: 学生時代は、バックパッカーとして世界60カ国を旅していて、Webとは無縁でした。1996年に新卒でNTTに入社してからですね。

林: 新卒でNTTに就職した経緯というのは?

三浦: 就職氷河期で、しかも成蹊大学文学部在籍。就職なんて無理だろうと思い、就活をしていませんでした。ただNTTで働いていた会ったこともない知らない先輩が、リクルーターとして連絡をくれたんです。それで軽い気持ちで話を聞きに行きました。業界の知識はないですし、ましてや志望理由なんてありません。だからバックパッカーの経験を話して、「この経験が会社にはまるのなら採用してほしい」と伝えたところ、正式な面接に進み採用となりました。いま思えば、就職氷河期とはいえ、他社よりも大量採用していたので、こういう奴もアリと思われたのかもしれませんね。

森田: 入社してみてどうでしたか?

三浦: 正直、自分には合いませんでしたね。法人営業に配属されましたが、当時は電話回線を提供する企業が他になく。また担当企業の毎月の利用料も自分の売上実績となりました。だから営業職とはいえ、極論何もしなくてもいいんですよね。このままでは営業力がつかないのでまずいと思いつつも、会社を辞めるには勇気がいりますし、転職活動の仕方もわからないので、結局退職までに5年弱かかりました。

30代半ばで活躍できる場所にたどり着いた!

林: 5年を経て、転職を決断したきっかけは何だったのでしょうか?

三浦: 一度人生をリセットしたく、会社を辞めてオーストラリアのメルボルンに1年住むことにしたんです。それで帰国してから、転職エージェントを通じて、外資系の広告代理店であるOglivy and mather Japan(オグルヴィアンドメイザー)に転職しました。英語を使いたかったのと、マーケティング・コミュニケーションや、広告の知識を身につけたいと思ったからです。

森田: そこでは、期待していたような仕事ができましたか?

三浦: 体系的に広告やマーケティングを実践で体得できたのはよかったですね。今でも自分の中でバイブル的にもっています。この頃から、Webメディアの広告出稿などデジタルも扱うようになりました。ただ、担当する企業の商材がピンとこなかったんですよね……。扱う商材をもっと深く理解できたらもっとおもしろくなるなと思って、今度はアパレル業界のDIESEL(ディーゼル)に転職しました。ちなみに僕の転職は、すべてエージェントを通しています。エージェントを通すと、いい意味で誰にも迷惑かけずに辞められます。知り合い経由だと、顔に泥を塗ることになる危険性もありますし。

森田雄氏(聞き手)
森田雄氏(聞き手)

森田: DIESELへ移って、どういった変化が起きましたか?

三浦: 30代半ばでようやく自分の強みがわかり、活躍できる場所を見つけられました。アパレル業界は、マーケティングを体系的に考えるというよりも、主観的な「イケてる、イケてない」で押し切るところがあったんです。そこでDIESELでは、前職で学んだロジックを活かして、マーケターの自分が戦略を考え、WebデザイナーやSEO担当などを集めて形にしていきました。Eコマースの立ち上げにも携わりましたし、また飲料や自動車メーカー、航空会社など他業界の顧客ターゲットを同じとする企業とのコラボプロジェクトを発足するなど、精力的に活動しました。マーケターとのつながりを築けましたし、ブランド間の顧客の行き来、予算半減のメリットもありました。DIESELはイタリアに本社を置くグローバル企業ですが、日本独自の企画やアイデアを実施させてくれて、気軽に相談ができる関係だったのも大きいですね。

経営を学ぶために起業するも、組織の強みを実感することに

森田: DIESELには何年勤めたのですか?

三浦: 8年です。「やりきった!」と思えたのと、自分がいると部下が出世できないと思って円満退社することに。そして、未経験だった会社経営にチャレンジしました。経営を学ぶのを目的とした起業で、たたむことを前提にしていたので、社員はあえて雇用しませんでした。

林: 実際に起業してみて、いかがでしたか?

三浦: 一般的な経営の知識を実体験として習得できたのと同時に、企業で働く良さもわかりましたね。会社で誰かに相談できることのメリットは大きいです。1人での起業は、仕事が少し暇だと不安に駆られますし、逆に忙しすぎることもありました。海外に月2回出張する案件を抱えていたときは、体力的にもつらかったです。

森田: 1人だと、体調を崩したりするだけで生計を立てていくのが急に難しくなったりしますからね。

三浦: そうですね。4年ほど会社経営を続けてきましたが、目的であった会社経営の勉強もできたので、次のステップに進むことにしました。

林: そこから再び転職活動して、会社に入ったのですか?

三浦: はい。とある外資系企業のセールス&マーケティングのディレクターとして入社しました。しかしDIESELのときのように自由に動けず、外資系の悪いところが顕著に現れている会社でした。APACの指示が絶対で、ローカルの意見を全く聞かない会社だったので、自分の存在意義を見出せなかったんです。そういう会社なので、社内の空気も悪かったです。なので、すぐに再転職しました。社風としては、社員同士がSNSでつながっている、オープンな関係のほうが好きですね。

”アウトロー”的なポジションが一番心地いい

林: その後、現在のKDDIに入られるわけですよね。KDDIには、どういう経緯で入社されたのですか?

三浦: 転職エージェントから、私にぴったりな案件があると紹介されました。KDDIには部長職をジョブ型で有期雇用する制度があります。これは、さまざまな企業風土を知る人を外部から取り入れて会社を変えようとする意味もあります。僕は、3年間の有期雇用である“契約社員”として2017年に入社し、メタバースや渋谷に関わる新規事業を担当しています。本来、プロジェクトが完了したら終了で更新はないのですが、僕は契約を延長。この制度を使って入社した人の中で、一番長い在籍になってしまいました。

森田: 実際に働いてみても、「ぴったりな案件」だったんですね。

三浦: はい。日本ではこれからかもしれませんが、欧米ではジョブ型雇用が一般的です。成果を残さなければ、会社から去らなければなりません。しかし成果を残せば、契約延長も可能です。KDDIは大企業なのに政治力学がなく、とにかく「いい人」が多いです。長年働いてきましたが、やっぱり一番重要なのは人だと思いますね。

林: 今後、正社員に切り替えて働くこともありうるのでしょうか?

三浦: 個人的には、今の“KDDIのアウトロー”的なポジションが一番自分が生かされ、パフォーマンスを発揮できると考えています。というのも、会社との付き合い方は、彼氏・彼女に近いと感じています。ライフステージが変わると、パートナーも変わることがあるように、そのときの自分の強みに合う会社を選ぶのがよいのではないでしょうか。気持ちがすれ違っているのに、一緒にいるのは健全ではありません。逆もしかりで、企業側もパフォーマンスを出せない社員を入れ替え、雇用の流動性を活性化させることで、会社の新陳代謝を上げられるメリットがあると思います。バランスが崩れたら私は次の会社に、会社は次の人材に移行する。引き際が重要で、契約制だからこそ見直すタイミングがあります。個人的には、とてもいい制度だと思うので、他の日系企業でも取り入れてほしいですね。

林: 部長職としての職責を果たしつつ、契約社員として一定期間ごとに関係を見直していくスタイルが、自立した個人と組織の対等な間柄ではちょうどいいということなのでしょうね。

三浦: はい。正社員であっても、自分のキャリアを見直して「なぜ今、この仕事をしているのか?」、その答えを持っておく必要があると思っています。自分の市場価値を知るために、常に転職活動をしておくことはいいことだと思います。今の年収や肩書きが自分を正しく評価しているのかがわかる客観的な指標にもなります。

林真理子氏(聞き手)
林真理子氏(聞き手)

林: 三浦さんは今、ご自身の強みをどのようにとらえていますか?

三浦: マーケティングやコミュニケーションスキルを持っていること。そして人を信用できるところですね。これも1つのスキルだと考えています。チームで動く以上、人に疑いを持つと無駄な時間を費やすことになります。自分の想定したプロセスではなくても、最終的なゴールにたどり着けるチームだと信じる。やっぱり仕事のやり方は人によって異なります。ダイバーシティを受け入れ、自分の正解を押し付けない。そのほうが想定よりも早くゴールに辿り着くこともあります。これは40代に入ってから身につきました。

若手社員にスキルトランスファーも行う

森田: 現在KDDIで、どんな仕事をされているのですか?

三浦: 1つは、「バーチャル渋谷」に代表されるようなメタバースの取り組みで、もう1つはマーケティングの強化です。さまざまな事業があるので、マーケティング理論を用いてプロモーションすることに注力しています。

林: 部長職として部下をもち、育成や人事評価もしているのですか?

三浦: 部下を持つこともできるかもしれませんが、私は組織のピラミッド図の中には入らず、プロジェクト単位で人を集めて動いています。なので一緒に働くメンバーには、それぞれ別の上司がいて、人事評価はそちらで行われています。ただ彼らは「おもしろいことをしたい」「スキルを身につけたい」と思って集まっていますので、人脈なども含めたスキルやノウハウを継承しています。会社からもそうしたポジションを期待されていると思います。

森田: なんだか組織の懐の深さみたいなものを感じますね。

三浦: そうですね。契約社員とはいえ、他の社員と同じ釜の飯を食べている感覚があります。この雰囲気やエモーショナルは、自分がコンサルとして入っていたら、全く違うでしょうし、今と同じパフォーマンスは出せないでしょうね。

森田: では最後に、今後の展望を教えてください。

三浦: 僕は現在50歳。ひと昔前だったらもう定年間近ですよね。でも、まだまだだと思っています。日本の市場は人口減少もあって縮小していきますから、グローバルにビジネスを考える必要があります。いまKDDIで取り組んでいるメタバースは、その典型です。今後KDDIで再度契約延長しようが、他の会社に転職したとしても、やはりグローバルに商圏を広げられるビジネスをしていきたいですね!

本取材はオンラインにて実施
本取材はオンラインにて実施

二人の帰り道

林: 若いうちは、いろんな職場でいろんな経験をしてみるのがいいと思っていると三浦さん。「実際に現場に身をおいて、自分でやってみる」ことほど、自分の好き・得意・もっと突き詰めたいことを具体的につかめる、説得力をもってそう思える自己発見の機会もないよなと思っているので、まさに!と共感を覚えました。また、こうした経験を踏まえて現在の三浦さんとKDDIさんが、ほどよい緊張感のもと互いを生かしあう健全で対等な関係性を育んでおられるのは、「個人のキャリア自律」が重んじられている現代の、まさにお手本だと思いました。正社員か有期雇用かを問わず、会社と労働契約して働く一人ひとりが、この緊張感と対等なアライアンス意識を求められている時代。そうは思っていても「常に転職活動しておく」というレベルに自身至っていないことを突きつけられて、個人的にも背筋が伸びるお話を伺うことができました。

森田: 大企業、外資、ひとり会社などさまざまな規模感で働き、それぞれで自分とマッチするかをきちんと見極めつつ、マッチするとなったらがっつりとやりきるというキャリアが何ともアクティブでパワフルだなという印象の三浦さんでした。世代的に近しいことからか、仕事の向き合い方には共感で頷きまくりでしたが、しかし僕はこんなにぐいぐいと突き進むみたいな動き方ができないので、感服するというかむしろ憧れさえ抱きましたね。それと部長職の有期雇用という現職の制度にもめちゃくちゃ興味津々でありました。三浦さん、経験値に裏打ちされた50歳というご年齢でありながらも若いエネルギーもほとばしっていて、やりきるということにチャレンジしていく姿勢がそう感じさせるんだろうと思った次第でした。チャレンジ、大事ですね!僕もまだまだどんどんチャレンジしていきます!

株式会社 深谷歩事務所 代表取締役 深谷 歩
株式会社 深谷歩事務所
代表取締役
深谷 歩

ソーシャルメディアやブログを活用したコンテンツマーケティング支援として、サイト構築からコンテンツ企画、執筆・制作、広報活動サポートまで幅広く行う。Webメディア、雑誌の執筆に加え、講演活動などの情報発信を行っている。
またフェレット用品を扱うオンラインショップ「Ferretoys」も運営。