転職を重ねた“Mr.ジョブチェンジ”、DMMに見出した「おもちゃ箱」のような魅力とは!?

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森田雄&林真理子「Web系キャリア探訪」

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転職を重ねた“Mr.ジョブチェンジ”、DMMに見出した「おもちゃ箱」のような魅力とは!?

転職を重ねた“Mr.ジョブチェンジ”、DMMに見出した「おもちゃ箱」のような魅力とは!?

「決して“きれいなキャリア”じゃないんです」

工業高校を卒業後、4年間で7社ほど転職をくり返した。器用で好奇心旺盛だが、すぐ飽きてしまう。そんな彼が変わったのは、マーケティングに出会ったことだった。仕事を転々としていた男は何を見つけたのか――。合同会社DMM.com デジタルマーケティング部 部長 武井慎吾氏に話をうかがった。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。

チャンスがあれば飛び込んだ、キャリア前半

合同会社DMM.com デジタルマーケティング部 部長 武井慎吾氏
合同会社DMM.com デジタルマーケティング部 部長 武井慎吾氏

林: Webに触れたきっかけから教えてください。

武井: 現在35歳になりますが、中学生のときに当時のガラケーでiモードを使ってインターネットの世界に触れたのが始まりです。その後、高校生になってパソコンを所有してからは加速度的にインターネットの世界にハマっていき、毎日朝までオンラインゲームをしたり、プログラミングを覚えて簡単なゲームを作ったりしていました。

林: ゲーム業界にいたこともあるそうですが、キャリアのスタートは?

武井: 工業高校で電気・機械を学んでいたので、卒業後は機械メーカーに就職し、メカニックエンジニアとして働きはじめました。あまり好きじゃないことがわかり、すぐ辞めてしまいましたが。そこから数社を挟んでオフィスワーカーになるべく、大手家電量販店に転職。本社勤務で営業事務や在庫管理、店頭売り場のコーディネートや販促など、さまざまな業務に従事していました。その傍ら、独学でデザインやHTML、コーディングを学んでフリーのデザイナーとしても活動していました。当時クラウドソーシング系のサービスはまだ存在せず、知り合いなどから仕事を紹介してもらい美容室や飲食店などのWebサイトや名刺の制作をしていました。マーケティングの世界に飛び込むまでの間に約7社を転々としていますが、言ってしまえば同学年の人たちが大学に通っている間、いろいろな業界に入り、相性のいい仕事を模索していましたね。

林: なるほど。この模索期からすでにWeb制作を実務で経験されているんですね。ゲーム業界を経験されたのも、この頃ですか?

武井: 20歳頃です。ゲームを仕事にしたいと思いゲームの専門学校に入学し、講師の先生からゲーム会社を紹介されたご縁でゲーム業界へ。専門学校は3か月で辞めてしまったのですが、その会社には企画兼プログラマーとして入社し、広告宣伝も担当しました。結局、同僚にくらべてゲーム制作への熱量がないことに気づき、ゲーム業界自体は1年半程で辞めてしまいました。このタイミングから「自分は仕事に何を求めるのか、何が楽しいのか」を考えるようになり、人生における1つの分岐点になったと思います。

森田: 僕もゲームの専門学校に進学しましたが、卒業制作でゲームを作るのがしんどくて(笑)。僕はゲームを作るよりもプレイするほうに熱量があると気づいて、作り手側にはいかなかったので気持ちはなんだかわかります。

林: ゲーム会社含めて、実に多様な業種に未経験で採用されているわけですが、その理由をご自身ではどう分析しますか?

武井: チャンスがあれば飛び込むタイプだからですかね。できないことも「できる」と言っていましたし、実際にやってみせる謎の自信と体力がありました。睡眠時間が少なくても平気だったので、みんなが寝ている間に学んで、気合いで乗り切ったこともあります。あとは、社会人経験があったことと、パソコンを使いこなすスキルがプラスに働いたかなと。MicrosoftのOffice系、プログラミングやPhotoshop、Illustratorも使えるということで、当時はそのスキルを持っているだけで重宝されました。

林: できないこともやってのけるには「できる」と宣言するにとどまらず、実際できるようにする行動が必要だったと思いますが、必要な知識・スキルなどはどのように身につけたんですか?

武井: 今ほどインターネットで何でもわかる時代ではなかったので、書籍を中心に学びました。あとは先に「やる」と宣言して、逃げ道を塞いでやりきる。それで進んできたのがキャリアの前半です。

“きれいなキャリア”じゃないから、人一倍働いた

林: そこからマーケティングの仕事に舵をきっていく経緯は?

武井: とあるイベント会社に入社し、営業事務兼広報として勤務したことがきっかけになります。その会社では、さまざまな業界のイベントや展示会を開催していて。新しくWebマーケティングに関する展示会を企画することになり、そこからWebマーケティングやWeb広告に強い興味と期待を感じるようになって、気づけば出展していたデジタルエージェンシーの面接を受けに行き、入社していました。ここでようやく広告・マーケティング関連の業務が本業になってきましたね。

林: 常に自分の興味・関心にアンテナを張って、実際のキャリア選択行動につなげてこられたんですね。

武井: これは今でもスタンスとして持ち続けていますが、未経験の領域に興味があるんです。やらないで後悔するより、やって後悔したいタイプ。まずは、1回経験してから判断するように心がけています。

森田: 本で読んで知るだけではなく、実際に転職しているところが身軽な感じでいいですよね。

森田雄氏(聞き手)
森田雄氏(聞き手)

林: デジタルエージェンシーでは、どんな役割を担当していたのですか?

武井: 最初は広告レポートの作成など、サポート事務を担当していましたが、3か月もすると広告運用を任されるようになりました。4年半ほど在籍し、最終的には5つの職種を兼務していました。コンサルタントから、営業、プランナーと職域を広げつつ、当時はアドテクノロジー領域が盛り上がってきたタイミングで、私自身エンジニアの経験もありましたのでツール開発や広告商品開発などにも携わりました。

森田: できる人材が少ないところにうまく入っていますよね。そこを狙ってキャリアを積み重ねたのですか?

武井: 偶然ですね。運が良かったのもあります。私は大学を出ていませんし、仕事を転々としていた経歴もあって、底辺から這い上がったと思っています。“きれいなキャリア”の人よりも、自分の価値を証明し、速いスピードで実績を積んでいくには、どれだけ時間をかけて量をこなしていくかだけだったので、正直残業もたくさんしました。おかげさまで量をこなした分、多くの役割も担当でき、結果的に早く経験値を積み、多くのスキルを習得できました。ただ、このキャリア形成は再現性がないので、他の人にはおすすめできませんね(笑)。

森田: 自分も昔は、寝食忘れてずっと働くみたいなスタイルだったので共感できます。しかし現代社会においては、そういう働き方はできなくなっていますよね。そこはどう対応していますか?

武井: 限られた時間でできることを増やせるよう、極限まで効率化しています。自動化できるものは自動化し、業務を圧縮して時間を作る。もちろん、働き方改革の影響もあり、労働時間は短縮される傾向にありますので、勤めている会社内でアウトプットの場が足りない、役割が細分化され求めていることが経験しにくいといったこともあるかと思います。そういう時には、この数年で副業という働き方も増えているので、会社ではカバーできない経験やスキルを得るために、社外で補完していくことも1つの手段ではないでしょうか。

DMMのマーケティング部は、飽きることのないおもちゃ箱のよう

森田: マーケティングに携わってから、興味が他に移ることはないのですか?

武井: そうですね。在籍企業は変えながらもマーケティング活動に12年携わっているので、キャリアとしては一番長い。やはり仕事の成果をダイレクトに数字で見られるのがおもしろいんです。仕事の1つとして、予測に現実を近づけていくわけですが、その過程で数値を見ながら施策を実行し改善していくのが、シミュレーションゲームのように感じます。

林: デジタルエージェンシーの後にDMMに入社されたのですか?

武井: いいえ、その後も別のデジタルエージェンシーで1年ほど働いたので、約6年間代理店側の仕事をしていたことになります。その後、事業会社で働きたいと思い、人材系のスタートアップに入社。そこは1年半ほどいましたが、過去の代理店側の経験も振り返ると、事業やサービスが1つの会社よりは、複数の事業がある会社で横断的にマーケティング活動に携われる方が自分に合っていると思い、転職活動をしました。

森田: すごくわかる気がしますね。僕も受託の仕事をしているのは、いろいろな業界の会社と関われて、複数の世界線を歩ける楽しさがあるからなんですよ。

林: その転職活動でDMMのマーケティング部署へ?

武井: はい、2016年12月に入社しました。DMMは当時40ほどの事業を運営していて、マーケティング部は事業横断型で支援をする組織。そこに魅力を感じました。もちろん世の中には複数の事業を展開する会社や、規模の大きい事業会社は数多くありますが、その中でもDMMを選んだのはアウトプットに制限がないと感じたからです。一般的に、大きな企業は組織ができあがっていて、縦割り構造の組織であることも多く、自分の役割が制限される可能性も高いと思うのですが、DMMはロジックが通っていて、事業収益に貢献でき、自分で推進できるのなら何をやってもOKというスタンスが入社前から感じられました。

森田: DMMは事業が幅広いですから、事業部横断でマーケティングができるとなると、戦場が無限に広がりますね。

武井: 事業のフェーズや成長性という視点だけとっても、マーケティング活動のアプローチは変わります。業界シェア1位の事業であれば、ポジションを維持するためのマーケティング活動が主になるでしょうし、後発ならある程度プロモーション予算を投下して、テレビCMなどを。新規事業ならまずはコストを掛ける前にマネタイズの仕組みから考えるなど、やるべきことがまったく異なります。1つの事業しかない会社だとどれか1つのマーケティング活動にしか従事できませんが、DMMでは全パターンがあります。しかもこの規模の会社にしては当時まだまだ整備されていない部分が多かったので、まるでおもちゃ箱のようで。自分を試すこともでき、そういった点にもおもしろさを感じています。

マーケティングは経営と同義、先行投資で育成に力を注ぐ

林: 市場環境や事業のフェーズ、事業部側のメンバー構成など50事業あれば50通りでしょうし、事業部側との役割分担もそれぞれ違うわけですよね?

武井: 事業部によっては、内部に専任のマーケターがいます。その場合は、事業部側が戦略設計をして、マーケティング部が実行。事業部側にマーケターがいない場合は、戦略設計から実行まですべてマーケティング部門が引き受けます。新規事業の立ち上げなら、マーケット調査や事業計画から入ることもあります。

森田: 新規事業があるということは、撤退する事業もありますよね。

武井: そうですね。やはり引き際も大事ですので、どうやって事業を畳むのか、このあたりは事業責任者の判断になることが多いですが、クロージングのラインを決めて動いていきます。

森田: そうなると、とてもマーケティング部の担当範囲が広いですね。

武井: 私個人としては、マーケティング活動を経営と同義と考えています。手段一辺倒にならず、向き合うビジネスの課題やフェーズ・展望に沿って最善手を見繕い実行する必要がある。そう考えると、多岐にわたる事業を展開するDMMにおいては、マーケティング組織が担う役割・担当範囲は必然的に広いものになってきます。そういった意味ではマーケティングスキルは、ビジネスに関わる全職種の人が持っていても損はないビジネススキルだと思います。

林真理子氏(聞き手)
林真理子氏(聞き手)

林: マーケティング部門の部長として、部下の育成はどのようにしていますか? 先ほど自分のキャリア形成には再現性がないとおっしゃっていましたが、今って時代背景的にみてもマネージャー層が「自分が習得してきたやり方ではなく、より合理的なアプローチで部下に仕事を覚えてもらう」必要に迫られていて、どうやって部下育成にあたるのがいいか模索中の方が少なくないように思うんです。

武井: 私の経験上、ある程度仕組みでフォローやスクリーニングをしつつ、相手に合わせてやり方を見せる、一緒にやるなど、伴走しながら伝えていくのが育成の精度が高いと思っています。そのためには、1人ひとりとコミュニケーションを取って相手のことを理解することが大事ですし、適切に目標を設定してあげることも必要です。目標設定にしても、会社で活躍してポジションと給与を上げていくためのサラリーマンとしての目標と、プライベートも含め先々のキャリアを見据えた目標の2つを行い、相手の願望を叶えていける環境づくりを大切にしています。

森田: 伴走するやり方だと、武井さんの限りある時間がなくなってしまうのでは?

武井: マネージャーのミッションは、メンバーを成長させて組織としてのパフォーマンスを最大化し、成果を創出することなので、自身の時間をそこに充てていくのは必然だと考えます。それにメンバーが成長すれば多くの仕事を任せられるようになり、将来的に自身の時間を空けることにもつながりますので、これは組織運営上の先行投資と考えています。

森田: 35歳という年齢と立場を考えると、先行投資という観点はぴったりかもしれませんね。

林: マーケティング部門の人材採用や、採用した人を育成・活用していくうえで大事にしていることや方針などはお持ちですか?

武井: マーケティング部門は機能ごとにチームが細分化されていて、広告・制作・SEOといった領域ごとにスペシャリストがいます。入社したら、まずは自分の得意領域で活躍してもらう。足場を固めたら次のステップとして、得たい経験やスキルにつながる新しい領域にチャレンジしてもらいます。弊社は事業数も多く、それぞれ事業フェーズも違いますので選択がしやすい。ジョブローテーションも多い会社なので、相談のうえ、キャリアアップにつながる配置転換をするようにしています。

DMMをプラットフォームへ成長させるため、プレイヤーとしても働き続ける

森田: ここまでお話を聞いていると、武井さんがDMMにまだ1ミリも飽きていないのが伝わってきます。

武井: 今のところ飽きていないですし、飽きがくる気配もないですね。基本マネジメント職ですが、今でもプレイヤーとして働くこともあります。

林: プレイヤーとしてはどんな仕事をしているのですか?

武井: いくつかありますが、1つはDMMを“プラットフォーム”として成長させるプロジェクトを推進しています。というのも、弊社がこれまで成長してきたのは、いくつもの事業を展開し積み上げてきた結果になります。ただ今後はそれだけではなく、プラットフォームとしての成長を促進していきたい。そのためにデータ環境を整え可視化し、利活用できる状態を構築する。そして可視化されたデータや数値をもとに、DMMのプラットフォーム全体を底上げして、経済効果を生み出す程のインパクトを創出する取り組みを進めていきます。もちろんこれはマーケティング部門だけでの取り組みでは限界があるので、経営層も含め、周辺部門とも連携し動いています。

森田: まさに未開拓の荒野ですね。

武井: 転職当時からさまざまな課題が散見されており、個人的には多くのお宝が眠っていると感じていました。先ほどの取り組みも、自分が感じるお宝の1つで、弊社規模でこういった取り組みを進められることに非常にワクワクしています。

森田: なるほど。自分の興味にハマったら、とことん挑戦する武井さんなので、これからも新しいことにチャレンジするのを楽しみにしています。

本取材はオンラインで実施
本取材はオンラインで実施

二人の帰り道

林: 「自分はこういうタイプ」って表現が、ちょいちょい出てくる。自分は何が好きか、仕事に何を求めるか、何が自分に合って、ワクワクする仕事・環境か。そういう自分の志向性を、現場に身を置いて実際やってみることでぐんぐん鮮明につかんでいって、それを次のキャリア選択にまっすぐ生かしていっている。とりわけ、カオスとも言えるような混沌とした仕事環境こそ自分が楽しめることをよくよく理解して今の職場を選んでいるところに感銘を受けました。カオスな環境を「おもちゃ箱と見るか、地獄絵図と見るか」って、ほんと人それぞれですものね。武井さんは今の環境にダイブして思う存分仕事を楽しんでおられるのが伝わってきて、とても清々しかったです。仕事へのバイタリティがあってフットワークが軽い方に、ぜひシェアしたいです。

森田: この連載ではジョブホッパーな方にも結構取材させてもらっていますが、中でも武井さんは相当身軽な印象を受けましたね。飽きるのって実は結構スキル難度があるというか、武井さんのようにガッツリと業務に向き合って経験値を一気にあげていくスタイルの際に、ここらへんで飽きてしまっても後悔は無いという判断みたいなところがあると思うんですよね。どんどん舵を切っていけるのって、フットワークの軽さの秘訣でもあるよなぁと頷きながら話を伺うことができました。それにしても武井さんが何よりお若いことに羨ましさを感じてしまう程度には、自分の老いを再確認するとともに、いうてまだ何十年も働かないといけないのだから、少しでも興味をもちうる全方位に向き合ってワクワクを失わずに生きていかねばなあと改めて思う私なのでした。

株式会社 深谷歩事務所 代表取締役 深谷 歩
株式会社 深谷歩事務所
代表取締役
深谷 歩

ソーシャルメディアやブログを活用したコンテンツマーケティング支援として、サイト構築からコンテンツ企画、執筆・制作、広報活動サポートまで幅広く行う。Webメディア、雑誌の執筆に加え、講演活動などの情報発信を行っている。
またフェレット用品を扱うオンラインショップ「Ferretoys」も運営。