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「デザインへの情熱は途絶えない」WebサイトのデザイナーからWebプロダクトのデザイナーに転身した「しなやか」な生き方

「デザインへの情熱は途絶えない」WebサイトのデザイナーからWebプロダクトのデザイナーに転身した「しなやか」な生き方

ガンガンと突き進むというよりも、しなやかに時代の潮目を読みながら、最先端の領域でデザイナーとしてのキャリアを着実に積んでいく。
流行り廃りの激しいWeb業界の変化を強みに変えていくような働き方をするChatwork株式会社 開発本部 プロダクトデザイン部 デザイナー 守谷 絵美さん。

成り行きで入ったWeb業界だが、聞き手の森田雄氏に出会って、Webの可能性に開眼し、のめり込んだ。時には仕事が嫌になったこともある。立ち止まって何もしなくなったこともある。
それでもやはりWeb業界でデザイナーとして生きていくことを選んだ守谷さんにお話をうかがった。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。

WebはSFっぽい? DTPデザイナーを夢見つつ、就職氷河期でWeb業界へ

林: 守谷さんがパソコンやインターネットに初めて触れたのは、いつ頃のことですか。

守谷:子どもの頃から家にPCがあって、数ビットのゲームで遊ぶことがありました。
大学生になってから、Windows95のVAIOのパソコンとモデムを買ってもらい、家でインターネットを楽しんでいました。

大学時代は、漫画家になりたくてデザインを専攻しました。デザインを学んだのは、絵は描けてもコマ割りができなかったからです。
アニメ、マンガオタクだったのでSFとWebが近く感じて、当時簡単にアニメーションが作成できて、Web配信のできるFlashアニメーションも学んでいましたが、卒業後はDTPのデザイナーになるということしか考えていませんでした。

就職活動は「紙のデザインをやりたい」と思い、広告のデザイン会社などを受けていました。しかし、就職氷河期で内定がとれず、知人に紹介されたWebデザインの会社にアルバイトから入社しました。
その時点ではインターネットに興味があったわけではなく、その頃はちょうどFlashバブルの時代。Webデザインは未経験でしたが、大学時代にアメリカに行って、2日間HTMLのタグを習ったことがあったり、Flashでアニメを作ったりもしていたので、「できないことはないかな」という感じでした。

森田: アルバイトで入って、そのあと正社員になったのですか?

守谷:はい、2005年にその会社が別の制作会社に吸収合併されたタイミングで正社員になりました。
同世代の人よりもHTMLはわかるけれど、この時もまだ、「DTPのデザインをやりたい」と思っていました。

「デザインへの情熱は途絶えない」WebサイトのデザイナーからWebプロダクトのデザイナーに転身した「しなやか」な生き方

Chatwork株式会社 開発本部 プロダクトデザイン部 デザイナー 守谷 絵美氏

Webの可能性に開眼した森田雄氏との出会い

林: どういうきっかけで、Webデザイナーとしてキャリアを積んでいこうと思うようになったのですか?

守谷:転機になったのが、2006年に森田さんが登壇されたCSS Niteです。当時アップルストアで開催されていたWeb制作者向けのセミナーで、森田さんがFlashで作った英語のプレゼンテーションを発表していました。
情報量の多さと、英語のスライドだったので必死に聞いていなければ内容を完全に理解できないので、ものすごい真剣にメモを取っていたことを覚えています。

森田:確か僕が当時在籍していた、ビジネス・アーキテクツのCSSコンポーネントシステムの話をしたんだったかな。スライドはグローバル展開を意識して英語にしていました。しゃべれないので講演自体は日本語でしたが(笑)。

守谷: その講演を聞いたとき、ただのテキストファイルだと思っていたHTMLが、多層でネットワーク化された世界を構成するリソースそのものなんだと気づいて、もっと勉強しなくちゃと思ったんです。
森田さんは当時金髪で怖い感じだったのですが、懇親会の時に声をかけたらすごく丁寧に対応してくださいました。

この時の話をきっかけにWebのすごさに気づきました。ちょうど、テーブルレイアウトからCSSレイアウトに実装手法が移行していくタイミングで、テーブルレイアウトよりもロジカルなCSSレイアウトがおもしろくて、のめり込んでいきました。

「デザインへの情熱は途絶えない」WebサイトのデザイナーからWebプロダクトのデザイナーに転身した「しなやか」な生き方

林 真理子氏(聞き手)

ロジカルなCSSレイアウトに衝撃を受ける

林: CSSやFlashなど、技術は書籍で勉強されたんですか?

守谷: 当時はWeb系の雑誌が充実していましたね。MdNが好きでした。

森田: それからWebデザイナーとして本格的に取り組むことになったんですね。

守谷: そうですね。私はデザイナーでしたが、コーディングもできるということでよく実装を任されていました。
同じデザイナーでもCSSでのレイアウト感覚が身につかない人もいたので、早くからHTMLやCSSを身につけられていた自分はラッキーだったと思います。

林: もともと紙媒体を専門に扱っていたデザイナーさんの中には、この多層的でネットワーク化された概念のうえで表現しなければならないWeb媒体に抵抗を示す人もいましたよね。
Webがおもしろいとのめりこむ人と、やっぱり紙だという人に分かれた。守谷さんが森田さんの話に感動したというのは、やはりWebの特質に向いていたのでしょうね。

守谷: 講演をきっかけにWebが、SF的、未来的なものだと気が付きました。今まで自分が考えていたWebは、1枚のアートが単純に前後につながっているだけの平面的なもの。
それが実は、構造化された設計の中で意味を持って構成されたページたちで、すべてのページがそれぞれ関係性をともなっていて、非常にロジカルなものだと感じました。

森田: 当時はまだテーブルレイアウトが主流で、まさしく1ページずつカンプを作っていくのがふつうだった時代です。ビジネス・アーキテクツではWebサイトの情報をコンポーネントとして扱い、HTMLとCSSの断片をモジュール化するアプローチをすでに開発していました。あの時は、その手法を公開したセミナーだったんですよね。セミナーに来るきっかけは何だったんですか?

守谷: 会社の同世代の人が誘ってくれました。その人は、もともと仙台にいたのですが、行きたいセミナーは東京ばかりでフラストレーションが溜まっていて、東京に来てセミナーに行けるぞ! ということで、私にも声をかけてくれました。

CSS Niteで森田さんの話を聞いてから、しばらくは森田さんが登壇するセミナーを探して行くようにしてたんですよ。サイトマップは平面じゃない、ユーザーがいる場所によってサイトマップの形は変わるんだという話を聞いたこともあってハッとしました。

森田:そんなに守谷さんに影響を与えていたとは、なんだか責任を感じますね(笑)。

「デザインへの情熱は途絶えない」WebサイトのデザイナーからWebプロダクトのデザイナーに転身した「しなやか」な生き方

森田 雄氏(聞き手)

Webデザイナーとしての才能が開花。しかし、刹那的な作り物に限界を感じる

林: そうした価値観の変化を転機に、仕事や働き方にどんな変化が?

守谷: もっとWebサイト制作を勉強したいと思い、別のWeb制作会社へ転職しました。
でも、そこは実装効率を重視し過ぎていて、HTMLのためにデザインするような感じで、「それも違うな」と思って、2008年にさらに別のデザインプロダクションに移り、丸5年在籍しました。

林: それまでのキャリアでWeb制作全般のスキルを基盤固めして、転職先では一人前のWebデザイナーとしてさらに経験を積まれたわけですね。

守谷: はい、しかし、続けているうちにWebサイトのデザインの未来が見えなくなってしまいました。
キャンペーン、プロモーションのサイトが多いこともあって、「一時的なものを作っては、消費して、破棄して……」という繰り返しがつらくなってしまったのです。2か月後には捨てられるものを作ることへの虚無感というのでしょうか。

森田: そこの会社ではWebサイト以外の制作はできなかったんですか?

守谷:会社としては、クライアントのプロモーション全体を請け負っているのでWebサイト以外の制作もあったのですが、私の担当はWebサイトだけだったんです。
仕事って「楽しいな」と「嫌だな」と感じるバイオリズムみたいなのがあると思いますが、ちょうど「嫌だな」というタイミングで、売るためのサイト作りに疲れてしまって……。

加えて、エンタメ系のリッチコンテンツは、入社したときには最先端でしたが、5年経ってみると最先端じゃなくなっている、SFっぽいと思っていたのも、そうではなくなっている、ということに思い至りました。

森田:実際、広告系のWebデザイン界隈でも閉塞感があったと思います。打ち上げ花火的にリッチサイトを作って、「わーすごい」と言われても、1週間で忘れられて、1か月後には誰もその話をしなくなってるみたいな。
それってどうなんだろうという話は僕も周囲としていた記憶があります。そして2011年、3.11のあと広告仕事が一気になくなった時があって、その時から広告とかデザインとかの価値観というか存在意義が変わったなと思いましたね。

守谷: そうですね。それで、刹那的なデザインではなく、人が長く使うようなもののデザインに携わりたいと考えて、会社を辞めました。
ただ、その時はまだ何を作りたいというのがはっきりしてなかったこともあって、4か月くらい、充電期間として何もしない時期を過ごしました。2013年頃のことです。

使われるプロダクトのデザインに携わりたい

林: みずから「何もしない期間」を作って過ごしたのですか。

守谷: 貯金が尽きるまで、何もせずに過ごそうと思いました。なので、「4か月でお金が無くなった」というのが正直なところです。
自分の中でも、転職をするなら35歳までにと区切りをつけていたのもあって、タイミングがちょうどよかったので会社を辞めましたが、次のことは全く何も考えていませんでした。

森田:何歳までに転職しないとだめ、という話はありますが、どうなんでしょう。その人が何をできる人なのかに尽きると思うんですけどね。

林:最近は「35歳転職限界説」も、いっときほど聞かなくなりましたね。実際40~50代の転職を耳にすることも増えましたし。

守谷:当時は本当に「人が使うものを作りたいから、もうWebはやらない!」と思って会社を辞めたのですが、ちょうどLINEなどのコミュニケーションアプリが出てきた頃でスマホの中にプロダクトを作ることが現実的になっていました。そして、「私の持っているWebの知識でも、プロダクトの制作ができるのでは?」と考えるようになり、Chatworkの知人に話を聞いて、転職をしました。

森田:消費されるデザインから、サステナビリティの方向性にコミットするものづくりに移行する流れは業界全体にもありました。守谷さんの場合は、プロダクト自体はデジタルなものであってもスマートフォンがフィジカルを体現していますから、実体のあるプロダクトとしてとらえられたのでしょうね。

守谷:そのとおりです。

林: キャリアの初期からずっと、時代の潮流を乗りこなしているように見えますね。
Web業界の潮流と自分の関心がマッチする前線に居場所を構えて経験を積み、変化にあわせて居場所を変えながら、ずっとやってこられた感じがします。

森田:そうですね、結果的にHTMLからCSS、リッチコンテンツからプロダクトへという業界の流れにあわせて転職しているので、これからは守谷さんの動きを業界動向として注視していきたいですね。

一同:

「デザインへの情熱は途絶えない」WebサイトのデザイナーからWebプロダクトのデザイナーに転身した「しなやか」な生き方

ChatworkではUIデザインを担当

林: Chatworkではどんな仕事をされているのですか。

守谷:最初は、Webサイトのリニューアルを担当していましたが、プロダクトのデザインをやりたいとマネージャーに訴えて、今はChatworkのプロダクト改善に取り組んでいます。

森田:その中でもここを担当しているという具体的な領域はあるんですか。

守谷: ブラウザ、iOS、Androidの全部を見ています。一気に変えるとユーザーに混乱を与えてしまうので、少しずつ違和感ないように改善しています。

林: 担当するにあたって、どのように知見を蓄えましたか?

守谷:UIの改善にはユーザーのことを学ぶ必要があると会社に訴えて、人間中心設計のシリーズセミナーに通って体系立てて学びました。
独学でコツコツ学ぶより、外部の教育機関も活用してガッと集中的に学んだほうが、自分に合っていると思ったからです。今はそこで学んだことが活きています。

林: 潮流をつかめているから、学習環境が整いだしたくらいの初期のタイミングで、マジョリティに先駆けてインプットできている感じがしますよね。

森田:しかも潮流にのっているといっても、一番のりではなくて、ちょうど教材が揃い始めた早過ぎないタイミングで入っているからインプットもしやすいし、実践できる仕事も手元にあるので、アウトプットの効率がいいですよね。バランス感覚の良さを感じますね。

マネージャーではなく、デザインのプロフェッショナルとして進みたい

林: ご自身のキャリアパスとしては、今後どうしていきたいとかってありますか?

守谷:社内のキャリアパスが最近整備されて、マネジメントに行くのか、デザイナーのプロフェッショナルを目指すのか、2つの道ができました。
私はマネジメントをする気はないので、プロフェッショナルを目指します。

森田:この後10年いるとして、それでもマネージャーにはならないのですか。プロフェッショナル側のマネジメントもありますよね。
人の就労管理というマネジメントではなく、デザイナーをリードしていくようなロールモデルとしての立場であるとか。

守谷:そうですね。いわゆる人の管理はしませんが、デザインの仕方、働き方などの人材育成はしていきたいです。

林: 今も、他の人のデザインに対してフィードバックをするような機会はありますか。

守谷:あります。入ったばかりの人でも気軽にデザインについて意見を出せるような場をチャット上に作るなどの試みもしています。立場やキャリアなどをフラットにして、お互い意見を言い合えるような組織なんです。

森田: デザイナーのキャリアパス上のマネージャーって本当は、デザインを企業の戦略資材として扱うデザイン・マネジメントを担う立場のはずなんですよね。海外ならふつうにデザインマネージャーという職種があったりするのですが。
日本の場合はどうしてもマネージャーになると、人の勤怠管理や人事考課などが主体にされてしまいがちですね。また、マネージャーという肩書きをつけないと、給与が上がりにくいということもあります。

守谷:私は一緒に働いている人の能力が発揮されるような方向で仕事を続けていきたいですね。

森田:UI改善やデザインを突き詰めて、プロフェッショナルとして給料を合理的に上げていくにはどうすればいいのかを考えるのも、これからの守谷さんの仕事になりそうですね。
ロールモデルとして、この貢献に対して給料なりインセンティブなりを与えてほしいと会社と交渉する役割です。守谷さんはこれからも、デザイナーでありたいという情熱は変わりませんか?

守谷:はい、デザインを続ける情熱は途絶えません。もしデザイナーを辞めるとしたら、パン屋になるとかそういうレベルでガラッと仕事を変えちゃうと思います。
キャリアとしての将来については、5年後にこうなりたいという夢などは語れないのですが、その時に楽しいこと、興味があることをデザインしていたいです。

二人の帰り道

林:守谷さんのお話には、「現代版キャリアの歩み方」のポイントがたくさん詰まっている気がします。業界や職種といった、いつ消えてなくなるかわからないし、少なくともそれが表す中身は変わり続けている既存枠組みに縛られることなく、常に現場に身を置いて、自分のアンテナで中身の変化を感じとっている。
その中で、市場ニーズも今後高まっていくし、自分のやりたい方向でもある仕事領域を、早い段階で見定めて、その仕事ができる職場環境に身を移し、着実に経験値をあげている。実際にやろうとすると、今の仕事と自分のやりたいことがかみ合わなくなってきたときに自分の中の違和感を察知して行動を起こすことも、職場を移ろうと思ったときに声をかけてくれるネットワークをもっていることも、そう簡単なことではないと思い至ります。守谷さんは、自分がロジカルなもの・SFや新しいものに惹かれることとか、自分に合う学習スタイルについても、よく自分を理解していて、それを自然体で取り入れていますよね。
こうあるべきという一般論にのまれて、自分に合ったやり方を見失っちゃうことってけっこうあると思うんですけど、自分の価値観に抗わず、自分の内なる声を大事に聴いてキャリア選択を重ねているところも魅力だなと思いました。

森田:守谷さんとは本当にご無沙汰だったので、今を何してるのか色々話を聞けるのを楽しみにしていた会でした。まずこの人は、むかしから仕事に向き合う一生懸命さみたいなところが言葉の節々からも感じられて、話していて心地よさがあるんですよね。さらに今日話を伺って、なるほど嗅覚もあるしバランス感覚にも優れているんだなという新たな発見もあり、面白かったですし、何よりうらやましさがありますね。
僕は自分自身のキャリアにおいて「生涯イチ末端労働者」というスタンスを標榜しています。これは、本当にWeb業界の末端労働者からスタートしているのですが、その時に持っていた熱い想いみたいなものや現場感覚とかを忘れないぞという概念です。守谷さん自身は末端労働者とは称していませんが、ずっと一線のデザイナーとして走ってきたし今後もそうでありたいという強い決意があって、情熱がずっと燃えまくってるんですよね。
素晴らしいなと感じました。それにしても過去の僕の言動が、守谷さんのキャリア形成にそんなにも影響を与えていたというのに驚きがあると同時に、他人の生き方に影響を与えられる自分もわりとやるじゃないかと思ったというか、もっと良い影響を滲み出していけるような、そういう人に私はなりたい……と思うなどした帰り道でした。

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