不条理迷宮型サスペンスコメディ! TVドラマ「変身インタビュアーの憂鬱」三木聡監督インタビュー

三木聡:1961年、神奈川県生まれ。80年代から放送作家として人気バラエティ番組に携わり、1989~2000年までシティボーイズのライブの作・演出を手掛ける。映画「イン・ザ・プール」(2005年)で長編映画デビュー。以降、「亀は意外と速く泳ぐ」(2005年)、「ダメジン」(2006年)、「図鑑に載ってない虫」「転々」(2007年)、「インスタント沼」(2009年)、亀梨和也主演「俺俺」(2013年)を監督。おもなドラマ作品に「時効警察」シリーズ(2006、2007年)、「熱海の捜査官」(2010年)など。

 

TVドラマ「時効警察」や映画「転々」「インスタント沼」をはじめとする独特の笑いを込めた作品で広く知られ、今年公開された映画「俺俺」は世界33ヶ国で公開されるなど海外での評価も高い、日本を代表する才能、三木聡監督。現在、三木監督による新作TVドラマ「変身インタビュアーの憂鬱」(以下「変タビ」)が、TBSテレビ深夜枠ドラマNEOにて放送中だ。毎週月曜日の深夜に、このちょっぴりサブカルで不条理な迷宮型サスペンスコメディを楽しみにしている人も多いはず。

TVドラマとしては「熱海の捜査官」以来3年ぶりとなる「変タビ」について、最終話(12月23日放送)MA作業中の合間を縫って、ドラマ作りから自身の世界観、最終回の見どころに至るまで、ギュッと詰め込んだ三木監督のインタビューをお届け!

 

月曜深夜ドラマNEO「変身インタビュアーの憂鬱」
脚本/監督:三木聡|特別協力:SME|制作協力:J Storm|制作プロダクション:dub|主題歌:「楔-kusabi-」KAT-TUN|チーフプロデューサー:篠原廣人(SME)、小林亜理(SME)、十二竜也、加藤新|アソシエイトプロデューサー:杉浦美奈子|プロデューサー:長松谷太郎(J Storm)、若林雄介(dub)|共同プロデューサー:高橋淳之介(J Storm)|出演:中丸雄一、木村文乃、ふせえり、松尾スズキ、眞島秀和、中村優子、少路勇介、町田マリー、三島ゆたか、裵ジョンミョン、光石研、村杉蝉之介、森下能幸、岩松了、松重豊|© TBS

あらすじ:白川次郎(中丸雄一)は、99作の推理小説を書いた、天才トリック作家である。しかしながら、記念すべき100作目の小説を目前に、何も書けない日々が3ヶ月以上続いている。
青沼霧生(中丸雄一)は、天才インタビュアーである。しかし、その正体は冴えない、長髪でやや猫背の白川次郎。人は爽やかな二枚目相手だと口が軽くなるものである。
白川は100作目の小説の題材をネットで見つけた事件に求めた。迷宮入りの「チューリップ殺人事件」。美人編集者の下日山酈霞(木村文乃)と共に、現場、消ノ原町に向かう。白川、いや青沼は、恐るべき推理力で隠された事実に近づいてしまう。
奇跡の泉、不倫、横領、隠蔽。一体、消ノ原町で何が起こっているのか? 閉ざされた町を舞台にしたドロドロした人間関係の謎が、インタビューによって明らかにされていく。

脚本とアドリブと役者の関係

木村文乃扮する下日山(左)、通称ゲビヤマのトートにはもちろん“G”のイニシャル。猫旅館の女将、櫻井(ふせえり)と番頭の蝉岡(松尾スズキ)。番頭が手にするのはビブラスラップという打楽器。

 

――監督に加えて脚本も手掛けられていますが、殺人ミステリー、サスペンス、そして“変身”という要素はどこから着想されたのですか。

「熱海の捜査官」(2010年)からなんですが、市川崑監督の「犬神家の一族」(1976年)や「病院坂の首縊りの家」(1979年)などの作品を面白がるっていうスタンスをベースに、連続ドラマで事件モノを今やるとどういうことになるのかやってみようというのがありました。
例えば、僕の好きなコーエン兄弟(ジョエル&イーサンの兄弟コンビで「ファーゴ」「ノーカントリー」などを手掛ける映画監督)の映画は、ルーツをたどるとフィルムノワールが好きだったりする。表面的には分かりにくいんですが、自分のルーツを解体して焼き直し、オマージュしている。僕も自然とそういう手法になっているんでしょうね。

“変身”については、ある人の話をたまたま聞いたのがきっかけです。映画でもドラマでも何かというと「本当の自分をわかって欲しい」みたいなのが多いですが、ある手品師で「自分の本性は絶対見せたくない」という人がいて、常にカツラとサングラス、背筋矯正ベルトをしてヒールの高い靴を履いてる、という実在人物のエピソードに興味を持ちました。
変身するという要素をネタとして過剰に打ち出すことは普通ないですけど、役者にとっても変身して本人になるということがバカバカしくて面白いだろうし。「時効警察」の、いまさら時効になった事件調べてどうすんだっていうバカバカしさと似てるかもしれませんね。

 

――脚本はどのくらいの期間で書いたのでしょうか。

全10話をほぼ3週間で書き上げました。「熱海の捜査官」の時は10話で2ヶ月半くらいだったので、今回はかなり早いですね。物理的に「俺俺」の上映で海外の映画祭に行く時期だったり、また撮影の日程的な部分もあってダーッと一気に書きあげました。

 

――筆の進まない白川とは重なりませんね。脚本制作においては、いつも“ジャンプする瞬間がある”とおっしゃられていますが、本作の場合は?

書いていくうちに“もう1人いる”というキーワードと、最終話の大オチが浮かんできたので、そこにたどり着ければ良いんだろうなと。

寝際に思いついてメモをして枕元に置いて、朝、書いてました。「このオチがあれば良いのだ」とは思いました。あまり期待されても困るんですが(笑)、この話の大団円としては良いかなと思っています。“もう1人いる”っていうのも寝際に思いついたんだけど、事件サイドのオチになってます。

 

――撮影中、台詞やキャラクターの匙加減が変わるようなことはあるのでしょうか?

ギャグめいた台詞は、役者が考えながら言うと切れ味が悪くなったりすることがあるので、基本的にはそのまま言ってもらいます。この台詞はこの“てにをは”じゃないとオチないっていうのは自分なりの確信を持って書いているので、あまり変更を加えることはないですね。あまり考えてないように見えるかもしれませんが(笑)。
現場で台詞を変えるにはそれなりの上回る面白さがあるとか、物理的に不可能でない限りは、基本的には台本通りやっていきます。

スケジュールがあるので脚本や設計図は重要ですが、初めて参加する役者さんが役にどういうアプローチをしてくるかというのは、役者のクリエイティブを期待します。中丸雄一は感情を出しているんだか出してないんだか、下日山を相手にしているのかしてないのかわからないっていう感じがうまいなぁ、と思いました。
木村文乃のコメディエンヌとしてのセンスも面白い。彼女のボケが空回りして中丸のキャラクターが立つっていうのが2人のコンビネーションのベースになっていきました。2人の関係はバカバカしいし、設定が不条理ですよね。10話でその関係性に関わる大オチがあるので、そこに辿り着くための道程ですね。

 

――コメディ要素が役者との間でどう作られているのか、そして番組の仕立てから現在進行形な雰囲気を強く受けたので興味がありました。

1日で映画の3倍の量をこのドラマでは撮影していかなくちゃいけないんですね。スケジュールもあるので本番中のアドリブはほとんどないですが、テストでやってみて面白かったらそれを本番でも再現してもらうことはあります。
例えば、木村文乃がたまたま車から顔を出す時に頭をぶつけたり、メガネがずれ落ちてたりすると「それ面白かったからもう一回再現できる?」「やってみます」って感じで。

台詞を変えたり増やしたりはほぼないですが、役者のクリエイションが活かされてくるのが、立ち方、言い方のニュアンス、どのタイミングで言うのか、言ったあとの顔はどうするのか、聞いている時の顔はどうするのか、というような部分ですね。

 

――三木作品には常連となるベテラン役者陣、松尾スズキさん、ふせえりさん、岩松了さんなどがよく脇を固められてますね。

一座制をとっているのはコメディやコントとか、特殊なスタイルをやる上でベーシックにそのことができる人で固めたいからです。そこを理解して、クリエーションを発揮できる人とご一緒したい。
これはディレクターや監督としての一つの戦略なのかもしれませんが、その場でコメディやコントを手間をかけて掘り起こすほど時間はないので。そしてときどき何人か新しい人を入れて、ギャンブルしていくんですね。
岩松さんと松尾さんと普段から仲良しだと思う方もいるかもしれませんが、ふせ(妻)は別として、彼らとは脚本と演出だけで関係を作るようにしてます。私生活で会うことはほとんどないですね。自分と役者の距離感は常に気にしてますね。

小ネタと伏線の応酬

川島芳香演じる町田マリー(左)が名物店員の、消ノ原町にある食堂「モアイ」はこの物語の拠点の一つ。ゲビヤマの操作するテレコはもしや新型機!? 毎エピソードつっこみたくなる小ネタ集はこちらをチェック!

 

――言うに及ばずですが、三木監督ならではの小ネタと伏線の応酬も濃厚です。第1話で猫旅館の番頭、蝉岡蟷螂(松尾スズキ)がビブラスラップを鳴らすシーンで一気に引き込まれました。

そう言っていただけると嬉しいですね。どの監督でも、映画やドラマの最初の方に意思表示をする場所があると思うんですよ。このドラマはある種不条理だし、意味が分からない事を面白がることなんだぞっていう意思表明みたいなものなのです。

 

――視覚的なアプローチのみでなく、ありえない効果音など音の使い方にもつい笑ってしまうことも多かったのですが。

昔は、非現実的な効果音は頑に排除する傾向があったんですが、最近は自分の中で、“現実”の許容範囲が広がったからなのかもしれません。音、そしてカメラアングルなどについても言えますが、機材の進化が遊ぶきっかけを作っているような部分もあります。

 

――編集者のマストアイテムとなる録音機が登場しますが、ネーミングが“青龍”“玄武”“朱雀”とエヴァンゲリオンっぽいのも気になりました。

「俺俺」は合成で作っていったのですが、映像はもちろんですが、音も合成する必要があるんですね。アニメーションのように、日常の音を再構築しなければいけませんでした。そこでもともと好きだった押井守さんや庵野秀明さんのアニメーション作品のサウンド技術に興味を持ちました。庵野さんもそうですが「犬神家の一族」に影響受けた世代なんですよ。だから、エヴァンゲリオンみたいだっていう指摘はルーツが同じというところからくるオマージュのオマージュみたいな部分はあると思います。

 

――これまで三木作品には強く感じなかった、ドロドロした色恋の要素も気になります。

閉鎖されている町なので、「ツイン・ピークス」のような不条理な色恋沙汰みたいなことはでてきますよね。その面白さを「熱海の捜査官」からやり始めて、今回さらにテンション上げてった感じです。純粋な色恋モノは描けないというか、興味がないってことは引き続き変わらなくて、事件というファクターを通して恋愛や愛憎を描いている作品の方が好きだし、描きやすいんです。

 

――撮影期間やロケ地についても教えてください。

撮影は35日間です。ミステリーの舞台となる消ノ原は、山梨の山間部にある大月市、都留市、栃木県の岩舟町で撮影しています。基本的に毎日通いで撮影していますが、猫旅館のあきる野だけは5日間宿泊してまとめて撮りました。順撮りは不可能だったのですが、ドラマの時間経過に沿った登場人物の関係性の違いを役者はうまく演じていたと思います。

リアリティは一定ではない。だから面白いんです。

撮影現場から。三木聡監督(右)。

 

――「変身インタビュアーの憂鬱」の青沼や、「俺俺」の永野というような現実感のない人間離れしたキャラクターが近作では増えているように感じます。

ある対談で「あなたは死体で物語を作ってるようなものだ、血の通った人間に興味を失っている」というようなことを言われたんですが、何に対してリアリティを感じるかというのが問題じゃないですか。“物事を作り出す”ということはどのリアリティに立脚するかということで、フランシス・ベーコンでもジョルジョ・デ・キリコでもアメデオ・モディリアーニといった画家たちも独自のリアリティが介在するじゃないですか。僕のリアリティっていうのは、ある種の曖昧さだったり、一定じゃない感じにあるとのかと思います。

ドラマではよく、「この登場人物はこういう気持ちを抱えている」っていうのを大事にし、役者さんによっては「この人はこういうセリフは言わない」って気にしたりしますが「そんなに人は一定か?」という懐疑心が常にある。現実の人間は映画の中の登場人物みたいに一定ではないし、急に言いそうにないことを言うから面白いんだと思います。

このあいだオーストラリアで「俺俺」のインタビューを受けた時に、「この映画の倫理観の曖昧さは日本のリアリティなのか?」と聞かれました。欧米とは宗教的な価値観の違いによるところもあると思ったんだけど、そもそも一定じゃないってことが現時点での僕のリアリティだと思うんです。イメージ通りではない、大きな誤解を生むような出来事に興味が惹かれるということですね。

 

――ドラマの中ではインターネットも大きなファクターになってますが、ご自身も普段よく使われていますか?

TwitterもFacebookもブログもやりませんが、仮想現実が作り出す物語性には興味があります。世代的なものかもしれないし、僕が遅れているのかもしれませんが、なぜ自分の日常を人に発信する必要があるのかって思う一方、自分の日記みたいなものを人に読んでもらって、ネット上でキャラクターを作り上げてそれを演じていくってことが割と日常的になっていることの気持ち悪さとかに、自分はリアリティを感じているのかもしれない、と思いました。

 

――青沼が錠剤をよく飲んでますが、あれの意図するところは? 三木さんの作品にはサイケデリックカルチャーの要素も見て取れます。

全ては10話で明らかになりますが(笑)、錠剤をカリッとやるのはアニメ的な表現でもあるし、頭痛薬を飲んで酩酊してるようなキャラクターが面白いんじゃないかっていうのもあります。
ヒッピー文化のルーツともいえる民俗学者カルロス・カスタネダとか、好きでよく読んだりしてましたし、テリー・ギリアムが映画化しましたが、ハンター・S・トンプソンの「ラスベガスをやっつけろ」にあるような60年代、70年代のカウンターカルチャーにも惹かれます。あの時代の文化的ピークを超えるものは未だにないというような言い方をする人がいますが、たしかにLSDのようなドラッグがあって、文化的ピークが起こった時代の影響力は計り知れないですね。

変わらないこと、変わること

12月9日(月)深夜オンエアの「変身インタビュアーの憂鬱」第8話の予告編。

 

――「変タビ」で新しく取り組んだことがあれば教えてください。

「熱海の捜査官」「俺俺」以降、役者全体のミザンセーヌは収斂されてきているイメージはあります。例えば、ストレッチャーの上に死体があって、4人の人間が囲んでいるという状況で、以前は、その前に立って喋っていれば面白かったところが、今はこのセリフの時にカメラがこの位置にきてるから、この登場人物は顔がより大きく見える、とか、他の人物はどこにいるかってことを意識しながら作ってます。だから2人が座ったまま会話するのがあまりないですね。撮影は「俺俺」と同じく小松高志だったのでやりやすかったです。

 

――「熱海の捜査官」以降、作風に変化があるように感じていましたが、今回はそれ以前の作品との融合も感じられました。

「熱海の捜査官」の時に「時効警察」的なものを作らないという決別の意思がありました。あれ(「時効警察」)をどうしても望まれるわけですよ。でも、僕は天の邪鬼体質なのでね。あれから何年か経って周囲にそういう意図も伝わったので、若干緩んできたのかもしれません。

 

――最終回に向けてメッセージをお願いします!

今回の到達点は最終回に集約しましたので、三木がどういうナンセンスを目指したのかを確認していただけると嬉しいですね。

最終話の仕上げまっただ中にも関わらず、和やかな雰囲気でインタビューに応えてくれた三木監督。こちらの深読み気味な推測や指摘には「そんな深く考えてないですよ~」「ま、そんな確信してやってるわけじゃないんですが」というような言葉を挟みつつ謙遜されながらも、“ナンセンス”“不条理”“懐疑心”そして“笑い”について語るときには、そこはかと熱いものを感じた。

 

取材・文:大島聡裕&white-screen.jp

トップへ戻る

マイページログイン

デジタルスケープに登録する