いま、デザイナーに求められていること KEN OKUYAMA DESIGN インタビュー 2回目

カーデザイナーからデザイン会社設立まで

世界最高峰メーカーで活躍するカーデザイナーの一般的なサクセスストーリーは、ヴァイスプレジ デントになるのが幸せな結末だと言われている。しかし、奥山氏は「その先があるんじゃないか」と考えた。イタリアのピニンファリーナ社を辞めた直後、年間 100台の車を製造する計画を立ち上げ、2007年の初頭に個人事務所を株式会社化。投資家を募り、資本金を得て、2008年3月のジュネーブモーターショーに自らブースを構えて新デザインを発表した。ところが、日本国内での発表当日にリーマンショックが起こるという不運が影響し、最終的に奥山氏の判断でプロジェクトは白紙に戻された。実はこの2年間の経験こそ、「一番の強みになっている」のだと奥山氏は語る。

奥山:自動車メーカーで仕事してきて、ディレクターの立場であっても結局は他人の お金で物を作っているんです。それが、自分で会社を立ち上げて、自分のお金でやる大変さを痛感しました。2年間で学んだことは非常に大きい。それからで す、自動車メーカーからデザイン会社に業態をシフトしたのは。
お金を払う側、もらう側、物を作る側としての、ある意味での地獄を見るような時期で した。しかし普通はデザイナーがお金を払ってもできない経験をさせてもらったと思っています。現在は1業種1社に限定して、製品開発からブランディングま で総合的なデザインコンサルティングを行っていますし、それ以外の単発的な製品デザインもあります。

KEN OKUYAMA DESIGNとしてコンサルティング契約に至るには3つの条件があるという。

奥山:僕らにとって学ぶべきことがあり、好きになってやり遂げたい仕事であること、そして先方に求められていること。これは恋愛と同じで、僕らからだけデザインをしたいと願っても、クライアントが求めていなければ仕事になりませんから。
初めて引き受ける仕事はまず、自己投資だと考える部分もあります。つまり契約金額は低く、時間をかけさせてもらうんです。でも僕らは非常に早く習得しますから、評価していただけたら金額も上がりますが…(笑)

責任とリスクを負う、ものづくり

KEN OKUYAMA DESIGNの代表として企業のデザインコンサルティングに携わると同時に、現在は山形に直営店と、東京のスタジオに併設したショールームをもつ。それは、独自のブランドを通して直接発信する必要性を痛感したからだった。

奥山:山形で物を作っていて苦労したのは、販売ルートを持っていなかったことです。結局、僕らがそのルートを作っていかなければならないと感じました。一時は研究会と名づけた組織を立ち上げて商品を作り出していましたが販売ルートがなくて苦労したんです。
山形に限らず日本の中小企業は、直営店やウェブショップを立ち上げるなどといったリスクを伴う経営投資をしづらい状況にあります。当然、そこはデザイナーである僕らが後押しできる領域ではありません。例えば「あと1人、雇ってください」とは簡単に言えませんからね。

そこで、あえて自分でリスクを負って在庫管理や販売網まで構築することを決意した。

奥山:自分の名前で責任もたないと、お客様のところへ物が届かないことがわかったから、そのために人を新たに雇用し、KEN OKUYAMA DESIGNとしてやることにしました。

次回の更新日は7月17日の予定です。
インタビュー:高橋美礼 撮影:永友啓美

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